獣の目の悪魔を退治! [心霊体験]
先日グロッキーで寝ていた時のこと。
入眠剤を飲まずに寝たので眠りが浅く、突然両足が動かない事に気づいた。
うん?悪霊か?!
と思って気付くと、動かない両足が広げられたので、
あっ!これは悪魔だ!と分かったので、即、不動明王の真言を唱えたら
あっと言う間に悪魔は離れ、悔しそうな獣の目が心眼にはっきりと映った。
真っ暗な地獄の深い底へと飛ばされていくのが分かった。
これでアイツは、二度と悪さは出来ないだろう!!
頭に角のある獣の顔の、昔の絵に出てくる悪魔には初めてお目にかかった。
あんな嘘みたいなのも、存在しているのか~!?とちょっとびっくりした。
これで「悪魔体験」も最後みたいな気がする。
私の運命の手綱は、完全に私の掌中に奪い取ったので、もう邪魔はさせない。
自分の使命を知ったのが24歳の時、その翌年には使命を知った私を殺そうと
早速、悪魔に殺されかけた。
ブルガリア留学中に九死に一生を得た手術をしたのはその時だった。
以来、悪い体を抱えたまま、辛酸を嘗め尽くした耐え難い長い時間を耐え
今の私は「覚醒」に至った。
これからは、生まれる前から持ってきた仕事を果たすだけ!
後40年、使命を全うして、この世をすこ~しお掃除させて頂いて
任務完了!!
漢方医には、よくこの体で生きている、と言われたくらいに酷い状態だったのに
なぜに死ななかったのか?!
それは、私の小さな体の中には、地球に突っ立ち天を支える巨人の様な
巨大な魂が入っているから!
それが分かったのはまだ18歳の時だった。
自分の体から、巨大な魂が地面に踵をしっかりと着けて
伸び上がったら、54階建てのビル程の高さになり、人が豆粒の様に
見えた時にはびっくりした。
えっ?!私の体には、何が入っているんだろう!?
それ以来私の魂の事は「入道」と呼んでいる。
肉体の女らしい私と、魂とは、全くの別人と言ってもいいかもしれない。
私は今生を最後に天界へ行くので、もう肉体を持つことはないと
密教の行者が言ったのは私が26歳頃の話だけど、「入道」の存在を
知っていたので、その話も信じられた。
竜神様が私の写真に写って下さったのは、私の魂がそう言う存在だから。。
ボディケアへ行って悪霊払い! [心霊体験]
神様をお茶でお持てなし♪ [心霊体験]
「神様が来たよ〜〜!」
と大きな声で鳴いて教えてくれたので、写真を撮りました。
この写真は食後のお茶をいれたので、『MossBear』を置いてある台にお茶をお供えする事にしました。
そして心の中で
「神様!お茶どうぞ!」
と唱えたら、一段と強い光を放つ光の玉が、ちゃんと下へ降りて来てお茶の側で写って下さったのでした!
FC2-Blogには4枚の写真を掲載してあります♪
http://divarei.blog59.fc2.com/
動画は有った! [心霊体験]
只、前はクリックすると別窓で開く形に成っていたのが、今はクリックしてもブログ記事内のままで、別窓で開く事はなくなっていたので、『別窓リンク』をまとめて作った『動画集』が閲覧出来なく成っていたのが分かった。
でも、保存されていたので一安心だけど、劣化したのか、「ぱぱぱぱぱぱ」と言う雑音が酷くて、稲荷狐の挨拶音「キーン、ココーン キーン♪」と言う音が聞き取り辛く成ってしまった。
↓が2005-03-28にお社コンの音が録れた時の記事です。
http://blog.goo.ne.jp/divarei/e/9be62c914f9f8a1853a6c54e95a3d4a2
このブログ"NeverLand"を立ち上げた理由 [心霊体験]
これは2,005年3月に札幌は発寒神社で筆者が撮影した龍神様です。
人には見えない物が見える能力を備わっていると、見えない人間からは嘘吐き呼ばわりされたりするもので、『神様なんか、居ない!』と豪語する人を哀れな人だ、と思うのみならず、何とか存在を知らしめたい、と思っていたら、ちゃんと写って下さってウェブに公開して、見えない人の目を開かせる事も出来ました。
注文に応じて光って下さる神様 [心霊体験]
いつもいつものご来訪で、PCの中には光の玉の写真だらけ!
ファインダーを覗き乍ら、あまり強い光ではないのは削除し乍ら撮影しているのだけど
『もっとはっきり写って下さい!』
とお願いしたら、こんなに光って下さる。注文にはちゃんと応えて下さる優しさを供えているのが『守護神』と言う有り難い存在らしい。
霊能猫ウニヴェルソの毎日 [心霊体験]
これは5日の光の玉の写真、どっぱ〜んと巨大なのが出現!
ウニヴェルソの日常はこんなもの。
仲々写真をアップしている暇がないくらいに、写真がいっぱい溜まってしまった!
手当ての語源と霊界の「癒しの湖」 [心霊体験]
父親の癌を生振の観音様に治して貰った訳ですから、当然、霊能力の強い父がそういう事に興味を持つのは、全くの自然と言うものでした。
私の父は「治る手」の持ち主ですが、生まれつき能力が備わっていた訳ではありません。父の知り合いに「柴田さん」と言う、大変に按摩の上手な女性が居たのですが、その人が「手当て」=文字通り、手を当てる=だけで病気を治したのだそうです。
その能力に興味を持った父が「どうしたら出来るようになるの?」と訊ねたら「両掌を目の高さに合わせて45分間保っていられれば、力は身に付きます。」と言われて、父はそれを実践したのだそうです。45分間目の高さに、肘は肩と水平に保つのは至難の技です。普通の人間なら、腕がだるくなって、途中で諦めてしまうでしょう。
でも、「治る手」が欲しい人は、是非、挑戦してください。出来るように成れるかも知れませんから。
「能力を付ける」には「お金」は何の意味も成しません。本物の日本人なら誰でも元々掌治療の能力は備わっているのですから、「信じれば」出来る筈です。
日本人は昔から「手当て」で病気を治してきました。文字通り「手」を「当てる」だけで病気が治せたから、「手当て」と言う言葉が出来たのです。
そんな訳で、「治る手」を持つ父の元に生まれた私は、私が8ヶ月の胎児の時に、母が虫垂炎に罹り、「若しもの時は、お子様は諦めて頂きます。」と言われて手術したのですが、私は凄い安産で生まれたのでした。何故父が治さなかったのかは不明ですが、父は大変忙しく、出張で飛び歩いていたからかもしれません。
手術の影響で内臓が未発達の私は、心臓が弱く、血圧が80しかなかったので、腫瘍が出来やすい体質ですが、運動神経抜群で、小中学通して音楽と体育は学年のトップクラスでしたから、自分が体が悪い事にも気付いていませんでした。
しかし、小さい頃から、毎日頭痛や腹痛を繰り返していて、そんな時は「お父さん、頭痛い!!」と言うと「どれどれ」と言って、父が両手で私の頭を挟むと、ものの5分で治ってしまいました。麻疹(はしか)に罹って高熱を出した時は、15分程掛かりましたが治りました。そんな訳で、私は「父親」=「病気を治す人」だと思っていたので、小学校に上がって、よそのお父さんにはそんな力が無い事が分かって、驚いたくらいです。
私には今までに腫瘍が6回出来たのを、2度は父の「手当て」で2度は自分で消しました。
私は長年ウィーンに居ましたので、そんな時に又腫瘍が出来てしまい、1度は父の遠隔治療で消して貰いました。心配した父が、お仏壇の前でお祈りしていたところ、「何もお前が心配する事はない。あの子には自己治療能力が備わっている。」と言う声が聞こえたと、父から聞かされて、私は半信半疑でしたが、腫瘍が出来た時に試してみたら、何と治るではありませんか!!私は何の修行もしていないのに!
これには只びっくりしただけです。
聖泉ルルド他について
前述のように、腫瘍の出来やすい体質の私は、何度も出来ては「手当て」で父に治して貰ったり自分で治したりしている訳ですが、1度、父でも自分でもない力で、腫瘍を消して貰った事があります。
私は1985年〜1996年までウィーンと日本を行き来していたのですが、再びお腹に腫瘍が出来てしまい、ウィーンの医者に診て貰ったら、8センチの大きさの腫瘍が見つかり、当然「手術する」と言われましたが、断り、そのままにしていました。
すると或る朝、私はベッドの上に横たわっていたのですが、霊界の湖がひたひたと押し寄せてきて、頭の上までかぶり、「あっ!息が出来なくなったらどうしよう!」と思いましたが、鼻から息を吸うと、ちゃんと空気が入ってきたのでほっとしました。
そして、その潮はすぐに引いて行ったのですが、引いた後には腫瘍が消えていました。
あの湖が引き潮と共に、腫瘍を持ち去ってくれたのです。
この時私は、聖泉ルルドや世界にいくつか有る、聖泉と言われている病気を治す泉は、霊界の「癒しの湖」が、この世に現象化したものである事がわかったのです。
「世界」には次元が沢山有り、何処にアクセスするかで「人生」は変わります。
いつも魔界にアクセスしていると、恨みつらみ、憎しみの念いが増幅されて「中庸」を保つ事は出来ません。
人種差別、苗字差別をする者は、自ずと怪人へと変貌を遂げ、歪んだ「正義感」によって自分は反省する事も無く、他者攻撃に走ります。
「お布施」とか「謝礼」とは、相談者の感謝の気持ちから発するもので、「要求」するのは、既に、神仏とは遠い所にある事を忘れてはいけません。
相談事にお金を要求する者に「次元の高い霊能者」は居りません。